コラム

トッテナムの「ハイライン」戦術が観客を魅了する理由

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chapter① 新指揮官ポステコグルーの大改革

 2023-2024シーズンのトッテナムは欧州5大リーグでの経験がないオーストラリア人のポステコグルーを招聘し、昨季のコンテ監督下の3-4-3から4-2-3-1のフォーメーションを基本としたハイライン戦術へ大改革をおこなった。チームの大黒柱のハリー・ケインがドイツのバイエルン・ミュンヘンへ移籍したこともあるが、新加入のマディソンとファン・デ・フェンを中心としてライン間をコンパクトに保ち、ディフェンスラインからボールを繋ぐサッカーへと変貌を遂げている。そう、ハイライン戦術を遂行し続ける今季のトッテナムはプレミアリーグで最も観客を魅了する試合を展開している。

 ポステコグルーのトッテナムのサッカーは横浜F・マリノスの松原がその役割を果たしていたように攻撃時には偽サイドバック戦術を採用している。時には両サイドバックが同時に中に絞ることもあるくらいだ。昨季はWBでプレーしていたポロとウドジェは昨季とは異なるミッションを理解できており、チャンスとあらばウィンガーを追い越して相手ゴール前まで駆け上がるタスクもこなしている。ロングボールを使うことなく、ディフェンスラインからボールを繋ぎ前線に展開していく中盤には、今季新加入したマディソンが王様の如くチームの中心に存在している。チームメイトからの信頼も厚く、彼がボールを持った瞬間に周りの選手は相手DFの背後へ動き出すシーンが何度も見られる。又、昨季のコンテ政権ではレギュラーではなかったビスマとサールのダブルボランチがポステコグルーのサッカーにフィットしたことで中盤でのボール支配率の向上にも繋がっている。

 そして、特筆すべきはディフェンス時である。最終ラインを高く押し上げライン間をコンパクトに保つことでファーストディフェンダーは後ろを気にすることなくプレスにいける。それについてポステコグルーはTNT Sportsの解説を務めるリオ・ファーディナンドの番組「Between The Lines」で、自身のハイプレス戦術について詳細を明かしている。「マディソンがここでプレーするとき、私は彼に自分の背後にあるものを心配させたくない。我々の仲間がハーフ・ウェイライン付近にいるということを知ってもらいたい。なぜなら、他のチームを見ていると、前線の選手がここ(相手ボックス内)でプレスをしているのに、ディフェンスがここ(自陣)に戻っているのをよく見ているからね。味方がハーフウェイ・ラインに上がってスペースを埋めて、片側を閉じてから、本当にアグレッシブに仕掛けていくんだよ。これがすぐに結果に繋がらなくても落胆しないでほしいね」と。今季、ヴォルフスブルグから加入したファン・デ・フェンはこの戦術を成し遂げる為に欠かせない存在となっている。ハイラインの後ろの広大なスペースを即座に埋める圧倒的な走力はチームを何度も救っている。そしてもう一人、セリアAのエンポリから加入したGKヴィカーリオもハイライン戦術を遂行するための欠かせない存在となっている。彼のセービング能力だけでなく、高めに設定されたディフェンスラインの後ろの広大なスペースを守る能力はこのハイライン戦術にピタリとはまっている。

chapter② 衝撃の0-7-1システム

 プレミアリーグ第11節のホームでのチェルシー戦、開始6分にクルゼフスキーのゴールで先制するも33分にDFロメロが一発退場、ハーフタイムには新戦力のマディソンとファン・デ・フェンが負傷交代、55分にDFウドジェが2枚目のイエローカードで退場となった。9人となったポステコグルーがとった采配は前代未聞の0-7-1システムだった。2人少ない状況になってもハイライン戦術を敷いてアグレッシブに戦ったのだが、75分にニコラス・ジャクソンに勝ち越し点を奪われると、後半アディショナルタイムにも2点を献上し、万事休した。結果は1対4で敗戦に終わったものの試合終了後には観客から拍手が起こった。劣勢な状況にもかかわらず果敢にハイラインを敷き、攻め続けた姿勢に観客はスタンディングオベーションで彼らの戦いを称えた。実際、9人になってもハイラインを敷き続けたことでトッテナムにも何度か決定機があった。昨季までのコンテだったら守備を固め、失点を与えない戦術をとっていたに違いない。それも間違ってはいないが、サッカーの醍醐味は何と言ってもどんな状況であっても点を取りにいく姿勢だ。2人少ない状況で引いて守っていては得点をとることはまず無理だろう。点を取るためにはハイラインを敷いてライン間をコンパクトに保ち続けることが必要だったに違いない。そう簡単なことではないが、それを遂行し続けたトッテナムの攻撃的姿勢にファンは魅せられたに違いない。

chapter③ データから読み取るトッテナム(29節終了時点)

両チーム得点率

https://footystats.org/jp/

 両チームが得点をあげた試合はプレミアリーグ中でルートン・タウンに次いで2位の76%。ホームでは87%とトップの数値である。昨シーズンは63%だった割合が今季は75%へと上がっているのもポステコグルーのハイライン戦術を表している

試合における合計得点が2.5点以上になった割合

https://footystats.org/jp/

 試合における合計得点が2.5以上になった割合は87%とプレミアリーグで断トツのトップ。昨シーズンは61%だった割合が今シーズンは87%へと上がっているのも、トッテナムの試合がおもしろい理由である。ちなみに、トッテナムが無得点だった試合は今シーズンこれまで一度もない。その他に、ポゼッション率もコンテ時代より格段に上がっており、逆にロングフィード本数と比率はプレミアリーグでデ・ゼルビ率いるブライントンと最下位を競っている状況である。

 前述した通り、今シーズンのトッテナムの試合は点がたくさん入り試合展開が目まぐるしく変わり観ていてとにかく面白い。29節を終えた時点で5位とチャンピオンズリーグ出場権獲得の4位は射程距離にある。勝つサッカーと楽しませるサッカーを両立させるのはサッカーの永遠のテーマではあるが、今シーズンのトッテナムの「ハイライン」サッカーはそれを実現させてくれるに違いない。

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