コラム

冨安よ、便利屋だけにはなるな!

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chapter①冨安健洋のアーセナル3年目のスタート

 アーセナルのプレミアリーグ2022-23シーズン最終戦ウルヴァーハンプトン戦のメンバーに「冨安健洋」の名前は無かった。3月16日に行われたヨーロッパリーグのラウンド16セカンドレグ・対スポルティング戦で公式戦3試合ぶりのスタメン出場を果たしたものの、開始6分に相手選手に寄せようとしたところで足を滑らせてしまい、右ひざ付近を負傷。直後に無念の負傷交代となっていた。アーセナルは21日に冨安の現状をこう報告した。「ロンドン市内の病院で手術を行った。手術は無事成功したものの、今シーズン残りの全試合を欠場する。来シーズンのプレシーズンに参加できるよう、クラブの全員がトミとともに治療に励んでいく」と。2022-23シーズンの冨安はプレミアリーグ21試合(うち15試合が途中出場)、ヨーロッパリーグ8試合、FAカップ2試合の公式戦通算31試合出場という成績に終わった。
 開幕から好調に首位を走り続けたアーセナルだが、3月中旬にウィリアム・サリバ、冨安が立て続けに離脱を強いられると、第30節から3分け1敗と4試合勝利から遠ざかると優勝争いから脱落した。前半戦の戦いぶりは現地解説者やメディアでも絶賛されたが、19年ぶりのリーグ制覇は叶わなかった。アーセナル専門サイトでは「ウィリアム・サリバの怪我が大きく騒がれたが、同じ試合でタケヒロ・トミヤスも負傷してシーズン終了となった。このタイミングがアーセナルのシーズンに壊滅的な影響を及ぼしたのだ」と報じている。冨安は怪我をする前にリーグ戦では21試合に出場し、定期的に最後の20分で使われホワイトに休息を与え、右サイドのサカへの連係を深めていただけに冨安の離脱は少なからずアーセナル失速の要因の1つであったことは間違いない。
 今夏にアーセナルはオランダ代表DFユリエン・ティンバーを名門アヤックスから総額3800万ポンド(約70億円)の移籍金で加入させた。最終ラインのポジションを問わない「利便性」を備えるマルチDFでメインはCBだが、遠征先のアメリカで訪れたマンチェスター・ユナイテッド戦では右SB、続くバルセロナ戦からは逆サイドの先発が続くプレシーズンを過ごした。いずれのポジションをそつなくこなすマルチDFは2023-24シーズンの開幕戦で先発の座を勝ち取り、大怪我から復帰した冨安はベンチから試合開始のホイッスルを聞くこととなった。

chapter②途中出場からスタメン奪取へ

 開幕戦で随所で好プレーを披露していたティンバーだったが、後半開始直後の50分に右ヒザを抑えてピッチに倒れ込み、冨安と交代を余儀なくされた。右ひざ前十字じん帯を損傷したティンバーは手術を受け長期間に渡る戦線離脱が確実となった。そんな中、冨安のスタメン出場が増えると思われたが、プレミアリーグ前半戦は後半途中からの出場が多く中々スタメンを奪うことはできなかった。ここに冨安の前半戦出場記録を纏めてみた。

日程対戦相手出場時間ポジション
18月12日フォレスト後半5分IN左SB
28月21日クリスタル・パレスS 後半22分OUT左SB
38月26日フラム出場なし
49月3日マンチェスター・U後半31分IN左SB
59月17日エヴァートン後半35分IN左SB
CL9月20日PSV後半14分IN左SB
69月24日トッテナム出場なし
9月27日ブレントフォードS フル出場右CB
79月30日ボーンマス後半24分IN左SB
CL10月3日RCランスS フル出場右SB
810月8日マンチェスター・C後半30分IN左SB
910月21日チェルシー後半0分IN左SB
CL10月24日セビージャS フル出場左SB
1010月28日シェフィールド・U後半21分IN右SB
11月1日ウェストハム後半12分IN右SB
1111月4日ニューカッスルS フル出場左SB
CL11月8日セビージャS 前半45分OUT左SB
1211月11日バーンリーS フル出場右SB
1311月25日ブレントフォードS フル出場右SB
CL11月29日RCランスS 前半45分OUT右SB
1412月2日ウルヴァーハンプトンS 後半34分OUT右SB
1512月5日ルートンタウン出場なし
1612月9日アストン・ヴィラ出場なし
CL12月12日PSV出場なし
1712月17日ブライトン出場なし
1812月23日リヴァプール出場なし
1912月28日ウェストハム出場なし
2012月31日フラム後半0分IN左SB

 表から分かる様に第10節までは左SBのスタメンはジンチェンコ、右SBのスタメンはホワイトで冨安は両者の控えに甘んじて途中出場が殆どだった。チャンピオンズリーグはスタメン出場を果たしていたが、連戦が続くアーセナルにあってはターンオーバーからのスタメン出場だったと言わざるを得ない。それでも冨安は途中から出場した試合で結果を出し続けた。印象に残っているのは第10節のシェフィールド・U戦。ミッドウィークにチャンピオンズリーグのセビージャ戦に左SBでフル出場して、ファンが選ぶマン・オブ・ザ・マッチに輝く活躍をした冨安がアーセナルで初めてゴールを決めた試合である。この試合でも後半21分にホワイトに代わって右SBで途中出場を果たすと、後半アディショナルタイムに右コーナーキックからのこぼれ球に反応した冨安が右足で押し込みアーセナル初得点をあげた。見て欲しいのはその後のシーンだ。ピッチ上の選手たちから祝福されただけでなくベンチの選手やスタッフからも拍手を送られ、みんなが喜んでる姿がたまらなく微笑ましい。冨安がチーるムメイトから愛されているのがはっきりと分かるシーンである。何度見ても美しいシーンである。その後の11節のニューカッスル戦から公式戦6試合連続でスタメン出場を果たしている。このゴールが認められてスタメンを奪取したわけではないが、途中出場からの好パフォーマンスの積み重ねにこのゴールが重なり、スタメン奪取に至ったに違いない。スタメン奪取後の冨安は安定したパフォーマンスでチームの勝利に貢献した。冨安のスタメン奪取後の6試合は5勝1敗である。しかし、冨安にまた不運が訪れる。第14節のウルヴァーハンプトン戦の後半34分に左ふくらはぎを抑えてピッチに座り込んでしまった。検査結果は芳しくなく、「しばらく」戦列を離脱することとなった。

chapter③ユーティリティさ故の筋肉への負担

 冨安はアーセナルに加入してから3シーズン連続でケガで戦列を離脱している。原因は何か?

 1つ目はプレミアリーグの過密日程(リーグ戦、カップ戦、チャンピオンズリーグ、代表戦)にある。「BBCスポーツ」の報道によれば、選手の怪我は開幕3ヶ月後の11月後半で196件にも上る。参照された医療データ統計・分析サイト「プレミア・インジュリーズ」の数値では、特にハムストリングの件数上昇が顕著。前年の27件からほぼ倍増。ビッグクラブの一流選手となればヨーロッパ戦と代表戦にも参戦せざるを得なくなり、移動も重なり疲労も蓄積される。

 2つ目はカタールW杯の余波である。冬期開催のカタール杯があったせいで、今季よりも1週間早く開幕し、W杯による中断直前の第15節が今季より1ヶ月早い11月中旬に消化されていたプレミアリーグ2022-23シーズンは開幕当初から過密日程シーズンだった。

 3つ目はVAR介入の多さだ。ビデオ判定を待つ間に冷えた身体は、怪我のリスクが高まっても当然。トッテナムがマディソンとファン・デ・フェンの両新戦力を失った第11節チェルシー戦などはVAR介入が計9回。ファン・デ・フェンのハムストリングがチェイシング中に悲鳴を上げたのは、延べ7分間の3連続チェックが終わった9分後だった。

 最後に、冨安に関して言えば「違うポジションで試合に出続ける筋肉疲労の蓄積」が上げられる。サッカーはポジションによって使う筋肉が違う。スプリントが多いポジション、アジリティが要求されるポジション、右と左のポジションでも使う筋肉は違う。違うポジションに出れば、筋肉も慣れない要求に応えなきゃならないし無理も生じる。先ほどの冨安の出場記録を参照してほしい。出場したポジションを明記したが、右SB、左SB、CBと冨安がこなすポジションは多い。良く言えばユーティリティ性、悪く言えば便利屋である。アルテタ監督が冨安を重宝するのは、この冨安の万能ぶりがアーセナルの助けになっているからである。現代サッカーにおいて常に同じポジションで出続けることのできるプレーヤーは限られたスーパースターだけである。試合に出続ける為には少なくとも2つ以上のポジションをこなせないと、ビッグクラブのスカッドには入れないのが現状である。1から3の原因に関しては冨安自身がどうこうできる問題ではないが、4つ目の万能ぶりからくる疲労を軽減させる方法が1つある。それは、固定されたポジションでスタメンを奪取することである。

chapter④越えなければならない壁

 アーセナルで熾烈なポジション争いを繰り広げる冨安、ジンチェンコ、ホワイト。この3人のスタッツを比較してみた。

カテゴリー項目ジンチェンコ冨安健洋ホワイト
ゴール&アシストノンペナルティゴール0.060.080.07
ノンペナルティ×G0.040.090.05
合計ショット数1.1710.39
アシスト0.060.310.1
予想アシストゴール数0.110.110.11
npxG+xAG0.150.210.16
ショットを作成するアクション2.971.992.03
4.563.792.91
パスパス試行83.7968.7168.12
パス完了率86.7%81.5%84.7%
プログレッシブパス10.777.285.97
プログレッシブキャリー2.612.31.33
成功したテイクオン0.570.540.22
タッチ1.472.371.62
プログレッシブパスの記録2.944.064.3
103.01786.07582.407
守備タックル2.11.991.38
インターセプト1.021.150.85
ブロック0.90.771.21
クリアランス1.171.991.93
エアリアル勝利1.832.140.99
7.028.046.39

(90分あたり)

 やはり攻撃の項目でのジンチェンコの数値が他の2人を上回っており、守備の項目では冨安が他の2人を上回っている。やはり冨安の守備は安定しており守備を優先するなら冨安がファーストチョイスになる。一方、攻撃を優先するならジンチェンコとなる。もちろん数値だけの比較であり数値が全てではないのは百も承知だ。だが、数値はある程度、その選手の特徴を示しており、このデータから読み取れる冨安のストロングポイントはやはり守備能力である。アーセナルでは主にSBとして出場している冨安だが、チャンピオンズリーグではCBでスタメン出場することもあった。筆者は冨安が最も輝けるポジションはCBだと思っている。日本代表でもCBの絶対的レギュラーとして活躍しており、CBとしての能力は折り紙付きだ。アルテタ監督としては冨安をどこかのポジションでスタメン出場させると、後半手を打ちたい場面で選択できる選手が限定されてしまう。それにより、今までうまくいっていたポジションでも選手を代える必要が出てきて、チームとしてバランスを崩してしまう。冨安だったら、機能してないポジションにそのまま代えればよく、チームバランスを崩す必要はなくなる。現状のまま、ユーティリティ性を活かしたいろいろなポジションで生きのびていくならもっと攻撃面を伸ばす必要がある。しかし、前述してきた通り、便利屋的な使われ方だと故障のリスクが高くなる。選手にとっては試合に出てなんぼの世界である。名選手は怪我が少ないことが絶対条件であることを考えると今こそが名門アーセナルのCBのレギュラーを奪い取るタイミングだと思う。冨安自身がどう思っているかは分からないが、アルテタ監督にCBとして出場したいことを伝えるべきだ。しかし、そこには超えなければいけない巨大な二人の壁がある。フランス代表のサリバ(22歳)とブラジル代表のガブリエル(26歳)である。サリバは直近の2023年11月に開催された欧州予選ジブラルタル戦に途中出場、ギリシャ戦にはスタメン出場を果たしている(共にCBで出場)。一方のガルリエルは同じく2023年11月に行われたW杯南米予選のコロンビア戦、アルゼンチン戦にスタメン出場(共にCB出場)を果たしている。そう、冨安が超えなければいけない壁は世界ランキング2位フランス代表と5位ブラジル代表でレギュラーとして出場している二人である。とてつもなく高い壁ではあるが、これがトップオブトップのサッカー界である。冨安にはそれだけの素質、ポテンシャルがあると思っている。期待と願いを込めて、「冨安よ、便利屋ではなく世界最高のセンターバックを目指せ!」

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